「好きなことで生きる」は当たり前、だけど世の中ではコピーになっている。

「好きなことで生きていく」

数年前からこのキャッチコピーが世の中に蔓延しはじめた。

このことを主張する動画がYouTubeを経てバズり、いまでも尚「好きなことで生きる」ためのノウハウ本が出版され続けている。

しかし、ここで疑問なのだが、「好きなことで生きる」とは果たして革新的な思想なのだろうか?

いや、そうとは思えない。

言葉というものは相対性を孕んでいる。

たとえば「明るい」という詞は、その対となる「暗い」がなければ存在しない。

つまり、「明るい」という言葉を使う際には、その対にある、「暗い」という状態を理解した上での発言になる。

このことから考えると、「好きなことで生きていく」は、その対である「好きなことで生きてい”か”ない」、もしくは「”嫌いな”ことで生きていく」を受容した上での発言である。

それがキャッチコピーとなっている現代は、「好きなことで生きてい”け”ない社会」であることを表しているのだ。

もう一度唱えるが、「好きなことで生きる」は果たして革新的な思想なのだろうか?

いや、「好きなことで生きていく」は当たり前である。

それなのになぜ人々は、「好きなことでは生きていけない」と共通で認識し、その裏腹で「好きなことで生きていきたい」と願っているのだろうか。

なぜこのダブルスタンダードの中で、もがき苦しんでいるのだろうか?

ことの原因は複雑多岐に渡るが、その1つは“社会の常識”である。

さまざまな常識があなたの鎖となり、自由をはばんでいる。

たった一枚の汚い紙っぴれに1000円の価値があると皆が信じ込んでいるように、皆がそう思えばそれは社会の真実となる。

「好きなことで生きない」、それに付随した幾多の常識があなたの可能性を奪っている。

TecoTecoは、そこにテコを入れ、てこの原理のようにあなたを大きな力に変えてみせる。

「好きなことで生きるのは当たり前」、そんな世界の一助になる。

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