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てこの原理のように小さなチカラを大きなチカラに変え、

『社会の常識、ここ変じゃない?』を変革する。

常識を変革するためには、小さなチカラを大きなちからに変換する必要です。

小さなチカラを大きなチカラに変換できない原因は、

社会で勝手に常識と決められた「しがらみ」です。

そのしがらみに「おかしくね?」とテコ入れするしていきます。

小さい力で、社会を変える大きな力を一緒に育てていくメディアです。

『できないことなんてない』片脚が不自由で、できることを制限されてきた男が伝える夢の叶え方とは

「お前には無理だ」

「もし挑戦して失敗したらどうするんだ」

「安定な道を選べ」

そういった言葉を、誰しも一度は言われたことがあるのではないだろうか。

日本という国は、とことん挑戦する人に厳しい。批判することなんて誰にだってできる。大人なら、子どもが「できないかも」と思うことを「こうやればできるんだよ」と教えてあげる視点を持って欲しい。

今回は、そのような挑戦することを躊躇してしまいがちな若者にむけて、幼い頃から片脚が不自由で、できることを制限されてきたが、やりたいと思ったことを次々と実現している方に話を伺った。

なぜ彼は、自身の逆境をはねのけ、やりたいことを達成し続けていけるのか。

彼の『できないことなんてない』という言葉に隠された想いを紐とく。

今回のゲスト:

藤原 照恭
総合型選抜専門塾AOI 塾長
1990年生まれ。関西学院大学大学院経済学研究科を卒業後、アフリカ地域開発のNGOに参加しケニアで一年間教室建設を行う。帰国後、日本IBM、アクセンチュアでITコンサルタントとしてメガバンク、小売、通信、製造業等の大手企業が抱えるIT課題を解決するプロジェクトに従事。2020年から関東マネージャーとして、AOIにジョイン。渋谷、日吉、上野の3校舎を取りまとめ、合格率90%以上を達成。2021年からAOIの塾長として、塾全体の運営に関わる。

<聞き手=岡内大晟>

岡内

藤原さん、本日はよろしくお願いします。
まずはじめに、今のお仕事内容やご経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか?

藤原

よろしくお願いします。現在は、総合型選抜専門塾AOIの塾長として高校生の進路に携わっています。主な業務内容は、6校舎ある塾全体の運営です。

経歴としては、関西学院大学大学院を卒業後、アフリカ地域開発のNGOに参加しケニアで一年間教室建設をしておりました。その後帰国し、日本IBM、アクセンチュアでITコンサルタントとして働き、今の会社にジョインしています。

一貫して、『幸福とは何か?』を大学院生の頃から研究しており、ケニアまで行ったり、コンサル会社に就職したりして、その問いを探していましたね。

岡内

「幸福とは」ですか。

このテーマと、ケニアやコンサル会社にはどういった関係性があったんですか??

まず僕の大学院時代の研究テーマは、『人はお金で幸せになれるのか』だったんです。その解を知りたくてケニアまで行ったんですね。

ケニアは発展途上国ですから、日本と比べて貧しい暮らしをしている人はたくさんいました。ストリートチルドレンや、生きることに精一杯の暮らしをしている人をよく見てきましたね。

じゃあ、そういった人々に「もし、100万円を渡したら、彼らは一気に幸せになるのか?」などそういうことを教室建設に携わりながら考え、現地で幸せについて模索していました。

岡内

なるほど!
(たしかに、100万円もらえたら嬉しいけど、それが幸せに繋がるのかな…?)

藤原

しかし、彼らはお金がなくても幸せそうに見えたので、ここからお金が幸せになるための条件ではないと現場を見て感じました。

じゃあ何が幸せになるために必要なんだ?とスタートラインに帰ったとき、
アマルティア・センという哲学者の言葉に出会ったんです。

岡内

アマルティア・セン??
(初めて聞く名前だ…。)

アマルティア・セン
1933年生まれインドの経済学者、哲学者。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。

藤原

彼は、”人は選択肢が多ければ多いほど幸福を感じる”と説いているんですが、
それを読んだ時に、「これや!」とビビビッと電流が全身に走ったんです。

そこから、『人々に選択肢を与えること』が自身のミッションになりました。

電流が走ったことを表現する藤原さん
藤原

そこからは、より上質な選択肢を与えるために日本IBMに就職しました。その後、ヘッドハンティングを経て、アクセンチュアに転職し、20代はコンサルタント業界を渡り歩きました。

岡内

(さらっと日本IBMに就職するあたりカッコイイ)

正直、勝ち組路線のキャリアだったと思うんですが、どうしてその肩書きを捨ててまで教育業界に転職したんですか??

藤原

そうですね…。
たしかに、当時は年収1000万円くらいあったんです。

でも、自分が選択肢を与えたいのは、おじさま(クライアント)ではなく、「高校生だ!」ってことに気がついたので、AOIに転職しました。

年収は、半分以上も下がったんですが・・笑

岡内

年収、半分・・・。
それは、かなりきついですね。(僕には無理や)

でも、それほどやりたかったことだったんですね。

藤原

そうですね!
まあ、もともと「お金で人は幸せになれない」ってことも知っていますから

今、やりたいと思っている「高校生へ選択肢を与えること」に挑戦しようと決意しました。

岡内

なるほど…。
でも、どうしてそこまで強い想いが生まれたんですか??

藤原

これは、僕自身の幼少期の経験が関係していますね。

岡内

(お、キタキタ!)

藤原

見て頂いたらわかる通り、僕は左足が不自由なんです。「デスモイド腫瘍」という病気で、筋肉の中に腫瘍ができるガンの一種なんです。
生まれて11か月で発症して、小学校3年生の時に左足の筋膜を取りました。なので、左足に装具をつけて、杖をつかないと歩けない状態なんです。

そのため、小さい頃から「お前にはできない」って言われ続けてきました。

藤原

中学時代は、テニスがしたかったんです。しかし、学校の先生にテニスがしたいです。って言いにいくと「藤原にはできない」「違う部活にしよう」と言われてしまったんです…。

正直、この時まで「俺はなんでもできる」って思っていたんですけど、「ああ、俺にはできないことがあるんだ」ってはっきりと現実を突き付けられました。

中学時代の藤原さん
岡内

中学生にとって、その現実はかなりきついですね…。

(僕ならグレちゃうかも)

藤原

当時は、本当にショックでした。

でもこういった経験があったからこそ、今があり、
僕だからこそ、伝えられることがあると思います。

藤原

僕はこんな足でも、設備も何も揃っていないケニアに一人で行くこともできました。また、(足が悪いからと卑下することなく)大学院にも行けましたし、日本IBMにも就職できたりと、一般の人と同じように人生を過ごすことができています。

僕は「やりたい」と思ったことに対して、決して諦めることなく、それらを実現してきました。

体の性質的にできることは制限されていますが、『できないことはない』ということを身をもって体現できていると思っています。

岡内

間違いないですね。
NGOも、大学院進学も、コンサル就職も
(健常者の僕ですら)どれもちょっと実現できなさそうだな…って思てしまうことばかりです。

これを全部『できないことはない』って信じて実現されてきたんですね!

藤原

ちなみに僕の場合、母親の影響が大きかったです。

足がこんな状態ですから、「そっちはやめときぃ〜」とか、「あんたには無理やねんで」って言われていてもおかしくない状態だったんですが、

母は「できないことなんてないんやで」って何度も言い続けてくれたんです。

そんな母から教わったことを信じて、『できないことなんてない』とやりたいことを実現してきました。

岡内

お母様、偉大すぎます。

藤原

なので、今度は僕が皆さんに『できないことなんてない』と伝える番だと思っています。

今、僕はAOIの塾長として毎年500人の高校生の人生をお預かりしていますが、彼ら高校生は(AOIに出会うまで)すごく狭い選択肢の中で生きていることが多いんです。

藤原

それこそ、「将来の夢はなに?」って聞いても、明確なビジョンを回答できる子は少ないですし、親御さんも「この子(の身の丈)にあった大学ってありますか?」って聞いてこられることも多いです。

岡内

僕もよくお会いします…。

藤原

でも、違うんです!
『できないことなんてないんだからやりたいことを描こうよ!』って言いたいんです。君以上に可能性にフタをされていた人間が目の前にいるよって。

彼らは僕よりも、どう考えても可能性が大きいんです。
なのに自分はできないと思ってしまっている。こんなもったいないことないです。

岡内

藤原さんから「こんな足でもやりたいことを実現してきたんだよ」って言われると生徒もかなり勇気付けられますね!

ちなみに、その生徒たちが自分の将来を描けなかったり、「できないかも」と思ったりしてしまう原因ってなんだと思いますか?

藤原

それは、『お前ならできないことなんてないんやで』って言ってくれる人が周りにいなかったからだと思うんです。

こんな僕だからこそ、この言葉を高校生に伝える役割を担っていきたいと思っています。

岡内

めちゃくちゃ素敵です。

子どもたちに、『できないことなんてないからやりたいことやろうよ』って言ってくれる大人が一人でもいることが、その子の人生を大きく変えそうですよね。

藤原

その通りですね。
なので、実際に毎年「AOIに出会えて人生が変わりました」って言ってくれる生徒が何人もいるんです。

「ああ、この仕事を選んでよかった」って心が温まる瞬間ですね。

岡内

その子たちの今後の活躍も楽しみですね!

藤原

そうですね!
大学は一つの通過点だと思っているので、大学に入学した後、どうなっていくのかとても楽しみにしています。

また、卒業してからも遊びに来てくれたりする生徒もいるんですよ。
卒業後も頑張っている姿を見られるのは教育者として、本当に嬉しいことです。

岡内

それは嬉しい!

ちなみに、今まで『できないことはない』と行動してこられた藤原さんですが、今後はどんなことに挑戦していかれる予定なんですか?

藤原

そうですね。目先の挑戦は、本を出すことです。
僕の実体験を通じて、『できないことなんてない』ってもっと多くの若者に知ってもらいたいので、近々本を出そうと思っています。

また、その先に高等学校を創設してみたいですね。

岡内

おお、学校ですか!

藤原

はい、誰しもがやりたいことに挑戦している環境を創りたいんです。

今は塾としてそれを創っているんですが、やはり高校生にとって大きな時間を占めるのは学校での時間なわけですよ。なので、高校生の人生を大きく左右させる学校という環境から、生徒の夢を支援したいと思っています。

岡内

素敵すぎます。
可能性にフタをする指導ではなく、『できないことなんてない』と可能性を広げてくれる指導が受けられるなら生徒の人生に大きな変化がありそうですね。

僕も子どもができたら通わせたいです!

岡内

今回の記事がきっかけで『できないことなんてない』と気づくことができ、夢や目標に向けて挑戦してくれる若者が増えてくれることを願っています。

藤原さん、本日はどうもありがとうございました。

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この記事を書いている人:
岡内 大晟(おかうち たいせい)
大阪生まれ。高等学校教諭一種免許取得。

教育実習にて、社会に出るための勉強を教えるはずの自分(教師)が、全く社会のことを知らないことに葛藤を覚え、サラリーマンの道へ。
400人以上の経営者へのインタビューを経験し、『型にハマらない』行動や選択をしている人が社会で大成していることを実感し、『可能性を伸ばす教育』を高校生に提供することを自身のミッションにする。

<取材・文・編集=岡内大晟@okachi_kyoiku

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この記事を書いた人

大阪生まれ。高等学校教諭一種免許取得。

教育実習にて、社会に出るための勉強を教えるはずの自分(教師)が、全く社会のことを知らないことに葛藤を覚え、サラリーマンの道へ。
400人以上の経営者へのインタビューを経験し、『型にハマらない』行動や選択をしている人が社会で大成していることを実感し、『可能性を伸ばす教育』を高校生に提供することを自身のミッションにする。

その後、高校生を対象にAO入試専門塾の校舎長として進路指導に従事。
全国の高校で講演活動も行う。
その傍ら、インタビュアとして2社。編集長として1社のオウンドメディアの立ち上げに従事。

<取材・文・編集=岡内大晟@okachi_kyoiku>

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