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ポリシー

てこの原理のように小さなチカラを大きなチカラに変え、

『社会の常識、ここ変じゃない?』を変革する。

常識を変革するためには、小さなチカラを大きなちからに変換する必要です。

小さなチカラを大きなチカラに変換できない原因は、

社会で勝手に常識と決められた「しがらみ」です。

そのしがらみに「おかしくね?」とテコ入れするしていきます。

小さい力で、社会を変える大きな力を一緒に育てていくメディアです。

メディアにも常識にも流されるな! 元アナウンサーで現役の大学教授が教える情報との向き合い方

コロナウイルスの出現により、私たちの生活や常識が一変した。
IT化はさらに進み、家にいながら仕事もプライベートも全て行えるようになった。

「コロナによりトイレットペーパーが品薄になるぞ!」
そんな根拠のない発信が、世間を騒がせたこともあった。

「東京都は月曜日にしては初の感染者数1000人を記録」
毎晩、こんなニュースがお茶の間を賑わしている。

このような報道がされると、
大阪にいる私の友人は「東京、大丈夫か?」と心配してくれる。

でも実際に、東京に住んでいる私からすると
メディアで煽っているほど悲惨な状況なのか?と甚だ疑問に思う。

もちろん、医療崩壊は避けなければならない。そのための施策を打つのは大賛成である。

ただ、メディアで発信されていることと現場が完全に一致しているか?
と言われると、「そうでもない」と私は思う。

メディアを通じて発信する立場になった今だからこそ、改めて感じることがある。
メディアは作り手の捉え方次第で、いかようにも伝える内容が変わる。

新人記者と、ベテラン記者が書く記事が同じではないように。
戦争カメラマンと、スクープを追うカメラマンの撮影内容が違うように。
メディアは作り手によって色んな形を作り出す。

だからこそ、メディアが発する内容だけを信じるのは危険である。
こんな時代だからこそ、情報との向き合い方を今一度見直してみるべきではないだろうか。

今回は、元アナウンサーで現役の大学教授を勤められる脇浜紀子さんに
「メディアと向き合いながら、自身の経験値を高めていく方法」についてお話をお伺いしてきた。

今回のゲスト:

脇浜紀子
京都産業大学現代社会学部現代社会学科教授。元読売テレビアナウンサー。
1966年生まれ。神戸大学法学部卒業後、読売テレビ入社。

『ズームイン!!朝!』『ミヤネ屋』など主に、報道・情報番組を担当したほか、プロ野球取材、「鳥人間コンテスト」大会アナウンス『劇場版名探偵コナン 劇場版』の舞台挨拶の司会など幅広い分野で活躍。アナウンサー現職中に、南カリフォルニア大学にて修士号、大阪大学大学院にて博士号を取得。

著書に「テレビ局がつぶれる日」(東洋経済新報社、2001)、「ローカルテレビの再構築〜
地域情報発信力強化の視点から」(日本評論社、2015)、「メディア・ローカリズム〜地域
ニュース・地域情報をどう支えるのか〜」(中央経済社、2019、編著)。主な研究分野は地
域情報・地域メディア。

<聞き手=岡内大晟>

岡内

元アナウンサーで、大学教授を勤められている方って中々いないので、お話とても楽しみにしておりました。脇浜さん、本日はよろしくお願いします。

脇浜

よろしくお願いします。
そうですね、現役のアナウンサーをしながら修士号・博士号をとった人はいないかもしれませんね。

今は、京都産業大学で教授として活動をしています。

岡内

たださえ難しく、業務量も多い職業だと思いますがそれを両立させるなんて…
そのバイタリティー尊敬します。(ここの話も深く聞きたい!!けど…)

今回は、学生に向けて「メディアと向き合いながら、自身の経験値を高めていく方法」というテーマでお話お伺いしていきたいと考えております。

ちなみに、脇浜さんはどんな学生生活を送られていたんですか??

脇浜

バブルの真っ最中に学生生活を送っているんですが、
うちの家は正直裕福ではなく…

当時、大学の学費が(半期で)12.6万だったんですが、
それも払えないって家庭でして…
なので自分でアルバイトをして大学に通っていましたね。

周りはバブルですから、学生ですら何万円もするブランドのスーツやカバンを身にまとっている時代ですよ。そんな中ですから、学生生活はとにかく不平不満を言っていましたね笑

岡内

え、そうだったんですか!!!
(てっきり神戸のお嬢様かと…)

脇浜

親に車買ってもらう、とかそんな時代だったんで

「なんで他の子はあんないい服を着ているのに」
「なんでこんな貧乏人の家に生まれてきたんや」

って本当に不平不満だらけでした…

でも、そんなときに沖縄の座間味島に行って価値観がガラッと変わりましたね。

岡内

座間味ですか!(お、キタキタッ!)

脇浜

座間味って、正直服いらないんですね。
水着とTシャツがあれば、OKなんです笑

あと基本的に「裸足」で島中を歩いていました。
ビーチサンダルすらも、あんまり履いていなかったですね。

こういう生活が当たり前になってきたときに、
「え、ブランド物っていらんやん」って気づいたんです。

さらに、当時は目から鱗だったんですが
人の価値ってブランド物とかじゃないんだなことに気づきました。

脇浜

座間味ですごいと賞賛される人って、例えば

「あと1時間後に雨降るよ」って空を見ただけでわかる人とか、
海をみて「こっちからこっちに流れているよ」ってわかる人なんです。

このときに、
生きる場所って自分で決められるし、その場所に応じて重要とされる価値って違うんだなって気づけたんです。

岡内

うわーー、確かにですね。
島でブランド物のスーツ着ていても暑いだけですし、動きにくく汚れを気にしないといけないですもんね。

それ以上に、島で生きていく術を知っている人の方が価値はありますね。

脇浜

座間味での経験を通じて
『なんと今まで狭い世界の中で生きていたんだ』と気づけたので、

「何がブランドの服よ!」
「何が自分は貧乏で不幸や、そんなことないやん!」
と、今までの自分の環境に対する不平不満が吹っ切れましたね。

岡内

今まで自分のコンプレックスだと思っていたモノが、見方を変えるだけで全く違う見え方をしたってことですね。

これは自分の人生に不満を持っている人にとって、「そんなことはないよ」と、背中を押す強いメッセージになりますね。

脇浜

さらに、沖縄での生活を通じてもう一つ大事な考えを学ぶことができました。

それは、私がバイトをしていた沖縄の民宿でのことなんですが。
民宿を運営していた梅おばさんから戦争の話を聞いたんです。

実は、座間味島は日本で初めて米軍が上陸した土地で…

なので、悲惨な戦争の歴史がたくさんあった土地だったんですね

岡内

第二次世界大戦時の沖縄の悲惨さは想像を絶しますね。

一応歴史の授業で学びましたが、教科書では伝えきれない悲惨な出来事があったんだろうな、とは感じています。

脇浜

防空壕の中に避難したり、手榴弾を使って自害する人がいたり、とたくさんの人がなくなった悲惨な歴史があったそうです。

そんな話を梅おばさんから聞くにつれ、沖縄の人って日本の最前線に立って悲惨な目にあっているので、「日本兵のことを恨んでいるんだろうな」って思っていたんです。

梅おばさんの民宿も、当時は強制的に日本兵の宿舎にされ、食事を提供したり宿舎として日本兵の世話をしていたりしたそうです。

脇浜

その話を聞いた私は、勝手に日本兵が戦争を始めて
勝手に自分の家を宿舎にして、ご飯も出させて…

さぞかし「日本兵のことを恨んでいるんだろうな」と思っていたんです。

でも、違ったんです。

岡内

えっ!?

脇浜

戦争から何年か経った頃、一人の軍人さんが梅おばさんの民宿を訪ねて来られたそうです。その軍人さんが梅おばさんに会うやいなや

「あの時“やっちんうさがみそーれー”って言ってくれましたよね!」
「ありがとうございました!」って言うんです。

“やっちんうさがみそーれー”は沖縄の方言で、「お兄さん、おあがりください」という食事を出す時にかける言葉なんですね。

その言葉を『何年も経った後でも覚えててくれたんだ!』
って梅おばさんが本当に嬉しそうに私に話をしてくれんです。

脇浜

ええええええ!恨んでたんじゃないの!?

と、本当にびっくりしました。でもこのことで、やっと気づいたんですね。

岡内

(ええええぇぇ!恨んでなかったんや!)

脇浜

本とか教科書だけを読んでいると見えてこないですが、そこには人と人との関係があって、一人一人の思い出があったんですね。

「これは、教科書に書いてなかった」
「教科書だけ読んでいても知れないものがある」と気づかされましたね。

岡内

確かに!
教科書だけだと、たった数ページほどの内容ですが
そこには生きていた人々がいて、それぞれの人の思い出があったわけですもんね。

(これは現地に行かないとわからないことだ…)

脇浜

そうですね。
これは地元の神戸にいたら絶対に気づけなかったことだろうな、と思います。

私はよく『現場に行き、五感で感じろ』と学生に言っているのですが
これだけIT化が進んでいる今でも、ネットや本だけでは気づけないことがあるんですね。

なので、(この記事を読んでいる読者には)若いうちに色んな国や地域に行き
多種多様な価値観や文化に触れ、経験値を高めていって欲しいです。

岡内

IT化が進み、メディアを通じてどんな情報でも手に入れやすい現代だからこそ
メディアや本の情報だけに左右されず、現場に行き五感で学ぶことで視えてくるモノがあるということですね。

脇浜さんのお話から、
『人やモノの価値は、場所によって異なり』
『現場に行き、五感で感じないと気づけないことがある』

ということを学ばせていただきました。

岡内

今回の記事がきっかけで、今見えている世界や枠組みから抜け出し、多様な経験値を武器に自分のやりたいことに挑戦する若者が増えてくれることを願っています。

脇浜さん、本日はどうもありがとうございました。

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この記事を書いている人:
岡内 大晟(おかうち たいせい)
大阪生まれ。高等学校教諭一種免許取得。教育実習にて、社会に出るための勉強を教えるはずの自分(教師)が、全く社会のことを知らないことに葛藤を覚え、サラリーマンの道へ。

400人以上の経営者へのインタビューを経験し、『型にハマらない』行動や選択をしている人が社会で大成していることを実感し、『可能性を伸ばす教育』を高校生に提供することを自身のミッションにする。

<取材・文・編集=岡内大晟@okachi_kyoiku

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この記事を書いた人

大阪生まれ。高等学校教諭一種免許取得。

教育実習にて、社会に出るための勉強を教えるはずの自分(教師)が、全く社会のことを知らないことに葛藤を覚え、サラリーマンの道へ。
400人以上の経営者へのインタビューを経験し、『型にハマらない』行動や選択をしている人が社会で大成していることを実感し、『可能性を伸ばす教育』を高校生に提供することを自身のミッションにする。

その後、高校生を対象にAO入試専門塾の校舎長として進路指導に従事。
全国の高校で講演活動も行う。
その傍ら、インタビュアとして2社。編集長として1社のオウンドメディアの立ち上げに従事。

<取材・文・編集=岡内大晟@okachi_kyoiku>

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